アルコール依存症とは?アルコール関連問題について詳しい特定非営利活動法人アスクの解説はこちら
アルコールは、依存性をもつ薬物です。
習慣的に使用していれば、誰でもアルコール依存症になるリスクがあります。
年齢・性別・社会的立場には関係なく、意志の強さや性格の問題でもありません。
かつては中年男性が大半でしたが、女性の飲酒率の増加を背景に女性の依存症者も増えており、高齢者の依存症も介護場面などで問題となっています。
Ⅰ アルコール依存症という病気
アルコール依存症は進行性・致死性の病気ですが、治療・回復が可能であり、進行ののプロセスを知り、早期治療が必要である。
1 薬物としてのエチルアルコール
アルコール飲料の主成分である「エチルアルコール(エタノール)」は、依存性薬物の異種です。特徴は、中枢神経の抑制作用をもつことと、様々な面でリスクが高い薬物であること。一般によく耳にする依存性薬物との比較です。

2 依存症の進行プロセス
アルコールを含めた薬物への依存の進行は、次のモデルで説明することができます。
フィーリング・チャート(感情のチャート)
私たちの感じる「気分」の振れ幅を3つに分けてみましょう。
一方の端に「痛み(落込み・悲しみ・後悔・自責感・孤独など)」があり、他方の端には「多幸感(気分の高揚・大きな喜びや快感・深い満足・いわゆるハイな状態など)」があります。その間を「ふつう」の気分とします。
① 使用開始
つきあいや好奇心で薬物を使用する。日常からの軽い逸脱という範囲で、「ふつう」の気分をベースに生活している。

② 習慣的使用~精神依存
ハイな状態を求めて薬物を使用する。薬物がないと物足りなさをおぼえるようになり、依存が始まる。

③ 身体依存~トラブルの表面化
気分の振れ幅が大きくなり、ハイな状態と、薬物の効果が切れたときの落込みや自責感との間を行き来する。

④ 人生の破綻
薬物が入っている間だけ、やっと「ふつう」の気分でいられる。心・体・社会生活が崩壊していき、薬物が切れると、こうした痛みに直面する。

アルコール依存症の進行
アルコール依存症という病気の進行を、具体的なモデルにしたのが次の表です。
症状として目に見える変化は、フィーリング・チャートのモデルともかさなります。
アルコール依存症は進行性、致死性という特徴をもち、放っておけば最後には死に至ります。
【習慣飲酒が始まる】 機会あるごとに飲む。気分の高揚を求めて飲む。 酒に強くなる(耐性の形成)。酒量が増加する。 | フィーリング・チャート② | |
依存症の境界線 | 【精神依存の形成】 ほとんど毎日飲む。酒がないと物足りない。 リラックスするのに酒が必要となる。 生活の中で、飲むことが次第に優先になる。 | フィーリング・チャート② |
依存症の初期 | 【身体依存の形成】 酒が切れてくると、寝汗・微熱・下痢・不眠など軽い離脱症状が出現し始めるが、自覚がないことが多い。 飲む時間が待ちきれず、落ち着かない、イライラする。 家族が酒をひかえるよう注意し始める。 | フィーリング・チャート③ |
依存症の中期 | 【トラブルが表面化】 離脱症状や病的な飲酒行動が目立ってくる。 家庭内のトラブルが多くなる。自分の酒に後ろめたさ を感じる。飲むためにウソをついたり隠れ飲みをする。 仕事はどうにか続けていることが多い。 | フィーリング・チャート③ |
依存症の後期~末期 | 【人生の破綻】 アルコールが切れるとうつ状態や不安に襲われるため、ふつうの気分を保つために飲まざるを得ない。 連続飲酒発作、離脱のときの幻覚、肝臓その他の疾患の 悪化などにより、仕事や日常生活が困難になる。 家庭や仕事を失い、最後は死に至る。 | フィーリング・チャート④ |
アルコール依存症は、治療や援助を受けることで回復と社会復帰が可能な病気です。
3 アルコール依存症の2つの症状群
アルコール依存症に特徴的な症状について解説します。
飲酒行動の異常
次のようなものが、しばしば見られます。特徴的なのは、「飲酒に対するコントロールの喪失」です。
- 今日こそは飲まずにいようと思っても、つい飲んでしまう
- 少しでも切り上げようと思っても、飲みだすと酔いつぶれるまで飲む
- 飲むべき場所や時間でないのに、飲まずにいられない
- 酒をやめようと決意しても、実行できない
- 飲酒による弊害が出ていても(例えば、肝臓などの障害・家庭生活のトラブル・仕事上のトラブルなど)、酒をやめられない
- 離脱症状を予防シタリ抑えるために飲む。このときは、強度のアルコールでも、水を流し込むようにして飲む
病気の進行にしたがって、次のような症状が出てきます。
🔶 連続飲酒発作=飲んでうつらうつらし、目が覚めると再び飲むことを繰り返して、アルコールが体から抜けない状態が24時間以上続くことをさす。この時は飲むこと以外のことは殆ど何もできない。
🔶 山型飲酒サイクル=連続飲酒発作の後で体がアルコールを受け付けなくなり、数日~数か月飲まない状態が続いてから再び飲み始め、やがて連続飲酒になるという繰り返し。
離脱症状の出現
離脱症状とは、いわゆる禁断症状のことで、退薬症候ともいわれています。
離脱症状には小波と大波があり、小波は「早期離脱症候群」とよばれるもので、飲酒中断後、数時間から半日ほどで出現し、2~3日で引いていきます。小波が引くと同時に、人によっては今度は大波が襲ってきます。これが「後期離脱症候群」です。
発汗(特に寝汗)・微熱・不眠・焦燥感・集中力低下・手の震え・下痢・吐き気・おう吐・動悸など。
飲酒を中断して数時間~半日後から出現する。そのまま飲まずにいれば、これからの症状は2,3日で消えていき、飲酒することによっても症状は収まるが、飲んだ酒が切れれば再び離脱症状が起こってくるという悪循環となります。
飲酒中断後1~2日の間に、幻聴や、アルコール離脱発作(けいれん発作)を起こすケースもあります。
全身のふるえ・ひどい発汗・不眠・高血圧・興奮・幻覚・見当識障害(自分が誰で、今がいつで、どこにいるのかわからない)など。
飲酒中断後2~3日で出現する離脱症候群は「振戦せん妄(しんせんせんもう)」とも呼ばれ、「振戦」とはふるえのことで、「せん妄」とは、軽い意識障害に幻覚をともなったものです。例えば、体中に小さな虫がはっているのが見えて、一生懸命それをつまみとる動作をするなどです。
この大波がくるかどうかは、飲み続けた年月にもよるが、特に最近1か月の飲み方が関係している。毎日のように飲み続け、食事をあまりとっていない、下痢・嘔吐などの消化器症状が強い、過去に振戦せん妄を経験している、といった場合は大波が襲うことが多いです。
飲酒中断後1週間ほどで、症状は消失していくが、ときに長引くこともあり、この間は場合によっては死の危険があるので、適切な医学的な管理が必要となります。
4 アルコール依存症の診断基準
① WHOの国際疾病分類第10版「ICD-10」(1992年)
② アメリカ精神医学会の診断分類第5版(改訂版)「DSM-5」(2013年)
飲酒を続けたことによる精神や行動への影響を、①では6項目、②では7項目で述べており、「過去1年間で3つ以上あてはまれば」依存症と診断します。
いずれにも共通するポイントをわかりやすく説明すれば次のようなものです。
《診断基準》
● 「耐性」が生じている=同じ量では酔わなくなり、酔うためにもっと飲むようになる
● 離脱症状=アルコールが切れると症状が出現し、飲むと収まる
● 飲酒のコントロール喪失=今日は飲まないようにしようと思っても飲んでしまう、少しだけにしようと思っていても酔いつぶれるまで飲む、節酒や禁酒を試みても失敗するなど
● 価値観の逆転=飲酒している時間や酔いから回復するための時間が増えて、それまでは重要だったはずの他の活動にかける時間が減っていく
● 不利な結果がでているのに、やめられない=アルコールに関連する身体の障害、うつ状態の悪化、家庭内のトラブル、飲酒運転、職場でのトラブルや経済的な問題・・・などが起きても飲み続ける
ブラックアウトとは、酔っている間の記憶の一部又は全部が欠落することで、外見上は意識があって行動しているが、本人は覚えていない、依存症でなくても多量に飲酒すると怒ることがあるが、依存症が進行すると少量の飲酒でも起こりやすい。
ICD-10(1992年)による診断ガイドライン
WHOのICD-10では、アルコールを「精神作用物質」のひとつとしてとらえ、「精神作用物質使用による精神および行動の障害」の項目の中で扱っており、この項目に挙げられた精神作用物質は、次の10種類である。
① アルコール
② アヘン類
③ 大麻
④ 鎮静睡眠薬
⓹ コカイン
⑥ カフェインを含む他の精神刺激剤
⑦ 幻覚剤
⑧ タバコ
⑨ 揮発性揮発性溶剤
⑩ 多剤および他の精神作用物質
これらの精神作用物質に共通する「依存症候群」の診断ガイドラインを、アルコールの場合に当てはめてみると、依存の確定診断は、通常過去1年間のある期間、次の項目のうち3つ以上がともに存在した場合のみに診断される。
(a) アルコールを摂取したいという強い欲望あるいは強迫感。
(b) 飲酒の開始・終了、あるいは飲酒量に関して行動をコントロールすることが困難。
(c) 飲酒を中止若しくは減量したときの生理学的離脱状態。アルコールに特徴的な離脱症候群の出現や、離脱症状を軽減するか避ける意図で飲酒することが証拠となる。
(d) はじめはより少量で得られたアルコールの効果を得るために、飲酒量を増やさなければならないような耐性の証拠(精神作用物質の中でもアルコールとアヘンの依存者に顕著である)。
(e) 飲酒のために、それに代わる楽しみや興味を次第に無視するようになり、飲酒せざるを得ない時間や、酔いをさますための時間が延長する。
(f) 明らかに有害な結果が起きているにもかかわらず、依然として飲酒をする。例えば、過度の飲酒による肝臓障害、ある期間大量飲酒した結果としての抑うつ気分状態、アルコ―ルに関連した認知機能障害。飲酒者がその害の性質と大きさに実際に気づいていることを(予測にしろ)確定する努力をしなければならない。
5 2つの自己チャック
アルコール依存症のスクリーニングテストとは、個人の診断を目的とするのではなく、群としての特性を見るためのものであり、あるグループに飲酒問題のある人がどれだけの割合いるのかを調べるテストですが、同時に自己チェックとしても活用することもできます。
代表的なものとしては、米国などでしばしば使われている「CAGE」は、中でも簡便なもので4つの質問項目のポイントとなる部分の頭文字をつながた名称です。
日本では、独立行政法人国立病院機構の「久里浜医療センター」で開発された「KAST」(久里浜式アルコール症スクリーニングテスト)がよく知られています。KASTで「重篤問題飲酒群」の判定が出た人は、アルコール依存症の可能性があり、早期に診断を受けて治療や援助を求めることが大切です。
1 あなたは今までに、自分の酒量を減らさなければいけない(Cut down)と感じたことがありますか?
2 あなたは今までに、周囲の人から自分の飲酒について批判されて腹が立ったりイライラした(Annoyed by criticism)ことがありますか?
3 あなたは今までに、自分の飲酒について後ろめたいと感じたり、罪悪感をもったことが(Guilty feeing)ありますか?
4 あなたは、神経を落ち着かせるため、又は二日酔いを治すために朝まっさきに飲酒した(Eye-opener)ことがありますか?
【判定方法】2項目以上あてはまる場合は、アルコール依存症の疑いがある。
KAST(久里浜式アルコール症スクリーニングテスト)
6 アルコール依存症にまつわる誤解と真実
世間の「アル中イメージ」には、様々な誤解があり、特にアルコール依存症が病気だという認識が一般に広まっていないため、人格の問題として非難したり、一部の生活破綻者の問題として排除する考え方が根強く、早期発見や早期治療を困難にする原因のひとつとなっています。
1985年の厚生省・日米合同研究班による調査では、アルコール依存症と推定される問題飲酒者は日本中に少なくとも240万人という数字があがっています。
アメリカでは、アルコール依存症になる人の割合は飲酒者の約1割といわれています。いずれにせよ、非常に”よくある”病気なのです。
アルコール依存症がひどくなると「アル中」になるのでは?
多くの人がこのような誤解をしています。アルコール依存症なら聞こえはいいが、アル中になったら「人格破綻」「社会の落伍者」「どうにもならない」・・・というイメージをもっているのです。
けれどこの2つに違いはありません。いわゆる「アル中」は、アルコール依存症の俗称です。かつて病名として使われた「慢性アルコール中毒」を縮めてアル中となったのですが、現在ではアル中という言葉につきまとうイメージをさけるため、治療の場で正式に使うことはなくなりました。
また、依存症を「中毒」というのは正確ではありません。中毒とは「一酸化炭素中毒」「ふぐの中毒」のように、体内に入った物質に生体が反応を起こしている状態のことです。依存症はこれとは違い、飲酒による酔い(反応)をみずから求めるプロセスの中で発症して進行していくものです。なお、一時の飲酒による症状は「急性アルコール中毒」と呼びます。
ビールだけ飲んでいれば依存症にならない?
アルコール飲料の主成分は依存性薬物の「エチルアルコール」で、この薬物によって引き起こされるのが、アルコール依存症という病気ですので、ビール、日本酒、ウイスキー、焼酎・・・飲料の種類には関係ありません。
アルコール依存症は中年男性の病気では?
これまでアルコール依存症の典型的なケースというば、「長年の飲酒習慣にともなって依存が進行し、40~50代で病気が表面化し、家庭生活や社会生活が破綻していく」というものでした。そのため「アルコール依存症になるのは中年男性」というイメージがありましたが、実際には女性、若者、高齢者など、様々な層に広がっている病気です。
■ 女性の依存症
■ 若年者の依存症
■ 高齢者の依存症
意志の弱い人がアルコール依存症になるのでは?
飲酒をコントロールできないのは、医師が弱いからではなくアルコール依存症という病気の症状です。医学的には「依存症になりやすい性格」はありません。
ところで、同じように飲み始めてもアルコール依存症になる人と、ならない人がいます。そこには遺伝的な体質・環境・心理的な背景などがかかわっていると考えられます。
遺伝的な要素のひとつは「酒が飲める体質」か「飲めない(弱い)体質」かということです。日本人の場合は、飲めない体質の人が約4割~5割弱おり、このグループはアルコール依存症になるリスクがあまりありません。依存症者は約9割は、遺伝的に飲める体質の人です。
アルコール依存症は社会に適応できない人の病気では?
アルコールへの依存は、性別・年齢・性格・能力・社会的地位などにかかわりなく起こります。
飲酒のための借金、家族関係や人間関係の破綻、仕事の能力の低下などは、もともとの性格によるものではなく、アルコール依存症という病気にともなって現れてくる場合がほとんどなのです。病気が進行するにつれ、社会への適応は困難になってきます。
自分で飲んだのだから本人の責任では?
本人の責任は確かにあります。
同じようにカゼをひいた人には不規則な生活をした責任や、清潔に留意しなかった責任があるでしょう。糖尿病や高血圧など成人病の大半は、本人の生活の仕方にも責任があります。けれども責任を追及しても病気はなおりません。
昼間から飲んではいないから、「アル中」ではないのでは?
全てのアルコール依存症者が昼間から飲んでいるわけではありません。例えば、サラリーマンの場合、殆どの人は仕事が終わってから飲酒しています。病気が進行するにつれ、早く飲みたくて夕方からイライラするようになり、休日は朝から飲むようになり、やがてそれが平日にも移行します。
きちんと仕事をしているから、「アル中」ではないのでは?
アルコール依存症者には、仕事中毒に近い位の人が多いのです。「オレの人生は仕事とお酒だけ」というのが、中年の依存症者の典型的なタイプといってよいでしょう。飲酒問題が進行しても、仕事だけはきちんとこなそうと努力します。仕事に穴を空けるようになったころには、依存症末期で体も家庭も崩壊寸前という場合がほとんどなのです。
暴力をふるわないから、「アル中」ではないのでは?
いわゆる「酒乱」タイプの依存症者よりも、静かに飲んでいる依存症者のほうが実際ははるかに多いのです。暴言・暴力がある人の場合も、周囲が病気への対応をまちがえているために、本人を刺激して感情的にさせてしまっている場合もしばしばあります。
手がふるえないから、「アル中」ではないのでは?
手の震えはよく見られる離脱症状のひとつですが、必ず現れる症状とはかぎりません。他にも不眠・寝汗・微熱・イライラなどいろいろな症状があります。依存症初期のうちは、こうした離脱症状を、「近頃汗っかきになった」「またカゼをひいたらしい」などと考えている場合もよくあります。
アルコール依存症の人は死ぬまで酒をやめられない?
いいえ。アルコール依存症は回復・社会復帰が可能な病気です。実際に多くの人が治療・援助や自助グループによって健康をとりもどし、家庭生活や仕事を再開しています。
依存症の人は、酒が好きだから飲んでいるのではなく、強迫的飲酒欲求や離脱症状のために飲まずにはいられないのです。病息がそのまま進行していけば、確実に死に至ります。けれど心の底には必ず「生きたい」という気持ちがあるはずで、これを引き出す周囲の働きかけが大切です。
■ アディクション
7 アルコール依存症からの回復
アルコール依存症からの回復をスタートさせるためには3つの原則があります。
節酒は不可能、断酒しかない
アルコール依存症の人は、飲酒の”ブレーキ”が壊れてしまっていますので、問題を起こさない範囲で”節酒”をしyとうと思っても、不可能です。例え一時的にコントロールできたと感じても、再び元の飲み方に戻ってしまいます。飲酒のブレーキを”なおす”治療法は今のところありません。
けれども断酒して健康な生活を送ることは可能です。アルコール依存症はこの点で、糖尿病と似ています。慢性の病気で「回復」はあっても「治癒」はないのです。
糖尿病の人が食事療法などでみずからの検討管理が必要なように、アルコール依存症の人は断酒を続けて病気と上手につきあっていく必要があるのです。
飲む理由をとりのぞくのではなく、まずしらふの生活を始める
「飲酒の原因となっている悩みやストレスを解決してあげれば飲まなくなくなるのでは?」と周囲の人はしばしば考えます。けれどもいったアルコール依存症に足をつっこむと、飲む理由があるから飲むのではなく、理由をさがして飲むようになります。
物事がうまくいかないから飲み、誰かに腹が立つから飲み、疲れてむなしいから飲み、気分がいいから飲み、事件があったから飲み、何もなくてものたりないから飲みます。そして病気が進行するにつれ、強迫的飲酒欲求も離脱症状もひどくなり、どうしても飲まずにいられなくなるのです。
悩みを解決しようとする前に、病気としての対応が必要です。断酒してしらふになったうえで、残った問題をひとつずつ解決していけばよいのです。
ひとりではできない。助けを求める、互いに支え合う
断酒を始め、回復を続けていくのは、一人では困難です。いくら意志を強くしても病気には勝てません。そこで専門治療を受けることや、自助グループに参加することが必要不可欠です。治療を経過せずに自助グループで断酒を続けている人もいます。
自助グループとは、お酒をやめ続けたい人が共に集まって自分の体験を語り、仲間の体験に耳を傾けて、支え合っていく場です。日本では「断酒会」と「AA」という自助グループが各地で開かれています。
アルコール依存症の回復には自助グレープがもっとも有効な手段であることがこれまでの経験で立証されています。
■ 断酒会
■ AA(エイ・エイ)
Ⅱ 本人の心理、家族の心理
「否認」など、アルコール依存症者に特有の心理と、家族の心理。依存症という病気は、どのように家族を巻き込んでいくのか。
1 アルコール依存症者の一見理解しがたい行動
アルコール依存症者の周囲にいる人は、あの人は信じられない、どれが本当のその人なのか理解できない、と感じます。何故なら次のような行動がしばしば見られるからです。
- うそをつく : 飲んでいるのに飲んでいないと言う。飲んだ量や状況時間について、事実と違うことを言う。飲酒の結果、金銭、その他自分の行動について事実と違うことを言う。
- 言い訳をする : 飲酒の理由や、飲酒の結果生じた失敗について、見え透いた言い訳を繰り返す。
- 約束を破る : 今日はまっすぐ帰ると言ったのに、飲んで帰ってくる。家族や友人と出かける約束があっても、飲んだために果たせない。
- 気分がころころ変わる : 飲んだときは威勢が良かったかと思うと、酒が抜けてしゅんとなって落ち込んでいる。さっきまで怒ってどなっていたのに、急に静かになる。飲んでいる時と飲んでいないとき、昨日と今日とで、言うことや行動がまったく違う。
- 攻撃的になる : 飲むと暴言を吐いたり、暴力をふるう。周囲の人に対して攻撃的・敵対的ま態度をとる。
- 誇大的な行動をする : 自分だけが偉いかのような行動をとり、周囲を見下すような態度に出る。できもしない大風呂敷をを広げる。
- 妄想を抱く : 嫉妬妄想など、ありもしないことを事実だと考えて行動する。
こうした一見理解しがたい行動の背景には何があるのでしょうか?
2 病気の心と健康な心
アルコール依存者は、酒が好きで飲んでいるのではありません。「このままではいけない」と思い、やめようと努力もするのに、離脱症状のつらさや強烈な飲酒欲求のため飲まずにいられず、自己嫌悪に陥り、また酒にのめり込む、という悪循環を繰り返していきます。
その心理は周囲の人には理解しがたく、「意志薄弱」の「自分勝手」な人間に見えがちです。しかも、「酒はやめる」と言ったり、「飲んで死ぬのは本望だ」と言ったり、態度が豹変するので、家族は混乱し疲れ、感情がズタズタになっています。これがアルコール依存症という病気をより複雑にする原因なのです。
混乱を整理してみましょう
病気が言わせている言葉
飲まずにはいられない病気になっているため、酒を手に入れたり飲酒を正当化するためにあらゆる手段を尽くす。うそをつく、言い訳をする、脅す、開き直る。
自己嫌悪や孤立感から出ている行動
自分はダメな人間だと思っている分、必死で見栄を張ったり、世界一偉い人間であるかのようにふるまう。周囲から孤立している不安で、相手の気持ちを執拗に確かめようとしたり、自暴自棄になる。
周囲の人の対応で刺激される行動
周囲の人から責めたてられたり、いないほうがよい人間として扱われることで、怒りや恨みがつのる。しらふのときは自分のせいだと思って抑えているが、飲酒時に爆発する。
いずれも、「本来のその人から出ている言動」ではありません。「アルコール依存症という病気に伴って起こってきた言動です。この2つを区別しておくことが、上手な対応のカギとなります。
病気に伴って起こっている言動に対しては、次のように反応するのは避けた方がよいのです。混乱を増すばかりだからです。
注意ポイント
✖ まともに受けて立って言い争う
✖ やはりダメな夫《ダメな妻、ダメな子》だと絶望する
✖ おびえたり世間体を考えて言いなりになる
ではどうしたらよいのでしょぅか。
今は「本来のその人」ではなく、「苦しんでいる病人」を相手にしているのだと理解しておきましょう。
✖ 「飲んで死ねたら本望だ」
〇 「みんなに迷惑をかけました。もう酒は絶対に飲まない」
✖ 「自分の金で飲んで、何が悪い」
〇 「私はこんなことになってしまって、これからどうなるんだろう?」
✖ 「酒を買ってこないと、家に火をつけてやる」
✖ 「酒なんか、いつでもやめられる」
✖ 「あなたがいつもそんなだから、私は飲むのよ!」
〇 「あんなことするなんて、オレはなんてバカだったんだ」
✖ 「養ってやっているのに、たかが酒ぐらいでガタガタ言うな」
〇 「自分でも悪いとわかっているんだから、そんなに言わないで」
〇 「酒なしでどうやって生きていったらいいんだ」
注1:✖は病気に伴って出ているセリフです。
2:〇は本来のその人がふともらしたり、始終心の中でつぶやいているセリフです。
3 「否認」の心理、問題を認めないのはなぜ?
アルコール依存症の人に、「あなたが飲んでいるためにこれだけ問題が起こっている」、「酒をやめるべきだ」と指摘すると、どうなるのでしょうか。「わかりました。酒をやめます。」と答えることはまずありません。
問題を否認し、飲み続けるべきでないということを否認します。アルコール依存症は、「否認の病気」ともいわれます。
事実を「否認する」というのは、日常生活の中でもよく見られる場面です。私たちは、認めると自分にとって都合の悪い事実を指摘されると、シラを切ったり、怒り出したり、話題を変えたり、それがなんだと開き直ったりします。意識的な否認であれ、無意識の否認であれ、これはごく自然な防衛反応です。
アルコール依存症では、なぜ否認が問題になるのか?
依存症から回復する出発点は、自分でアルコールの問題を認め、飲まずに生きていきたいという気持ちをもつこと。治療はこの気持ちをもつことを目標として行われ、自助グループは飲まずにいたいという気持ちがあることを前提にメンバーが集まっています。
回復のスタートに立つために、そして回復を続けていくためには、次のような「否認」を乗り越えていく必要があるのです。
注意ポイント
「自分には飲酒のもんだいなどない」
「私は”アル中”ではない」
「治療など受けなくても酒ぐらい一人でやめられる」
「自助グループなどに行く必要はない」
「酒さえやめれば何も問題はない」
本人をとりまく関係者にとっても、治療・援助者にとっても、否認の構造を正しく理解することと、否認を乗り越えるためのどんな手助けをしていくかが、大きな課題です。
否認の行動パターン
アルコール依存症者の否認は、次のような行動パターンとなって現れます。
- 単純な否認=事実を指摘されても認めない。酒の話題が出ると話をそらす。無視をする。
- 過小評価=いわゆる「酒飲み」であることは自分でも認めているが、飲酒によって生じている問題の大きさを認めようとしない。家族が崩壊寸前だったり、会社をクビになる寸前でも、本人は「まだまだ大丈夫」「なんとかなるはず」と飲み続ける。
- 合理化(理由付け)=「ストレスがたまっているから飲まずにはいられない」「いやなことを忘れるために飲んでいる
- 一般化=「サラリーマンは誰だって酒を飲む」「男はみんな飲んでいるのに女が飲んで何がいけないの」「日本人というのはだいたい・・・」「このごろの世の中は・・・」と話を一般化することで、自分個人の問題や感情を見せないようにする。
- 攻撃=問題を指摘されると「うるさい!」「あなたは分かってくれない」と相手を攻撃する。あからさまに敵意を示すことが出来ない相手に対しては、心の中で恨みをふくらませる。自分の不安や恐れを、相手への怒りにすり替える。
- 退行=いわゆる「子ども返り」。「悲しくてどうにもならない」「だれも自分のことを大事にしてくれない」「もう私などダメだ」と自分の感傷の世界に閉じこもることで、大人として問題に直面するのを避ける。
- 投影=「どうせ私のことをダメな人間だと思っているに違いない」「このまま飲んで死ねばいいと思っているはず」など、自分の不安を相手の評価であるように置き換える。
否認の背景
簡単に言えば、問題を正直に認めると飲むのをやめなければならなくなるからです。依存症は、強迫的飲酒欲求や離脱症状のため、何をおいても飲まずにいられない病気です。
「こんな自分は情けないが、酒なしには生きられない」と思っているので、問題を否認しながら飲み続け、「酒なしには生きられない自分」を必死で守ろうとしているのです。否認の背景をもう少し解説します。
Q&A
家族がこんなに困っているのがわからないなんて、勝手すぎるのでは?
依存症者は、強迫的な飲酒要求のために生活のすべてに飲酒が優先します。これは病気にともなう行動パターンで、性格の問題ではありません。
趣味をもたせれば立ち直るのでは?
依存症者の生活はまさに飲酒中心で、無趣味な人間になっているでしょうが、趣味をもてば断酒できるということは決してありません。病気の回復には専門的な治療・援助が必要です。趣味をもつなど生活の幅を広げることは、断酒が安定してからの課題です。
今度こそ、反省してもらって飲まない約束をとりつけたいが?
事実に気づいてもらうことは大切ですが、責め立てて反省させ「飲まない約束」をとりつけてもほとんど効果はありません。反省したり誓っても病気は治りません。責めるのではなく「病気だから治療が必要だ」と説明し、治療を受ける気になってもらうことです。
本人が問題をまったく自覚していないので、断酒は無理なのでは?
問題を自覚しにくい理由のひとつは、周囲が世話をやいて本人が困らないように守ってあげているから。依存症者から手を放して、困ってもらうことです。そうすれば断酒へのチャンスがきます。
まとめ 依存症の人は苦しんでいる病人である
アルコール依存症者をはたらか見ると、言動が一貫せず、意志が弱く、言い訳を繰り返し、あるいは暴言を吐き、自分勝手な人間に見える。しかし、依存症者本人は酒が好きだから飲んでいるのではなく、強迫的飲酒要求や離脱症状のために飲まずにはいられない。
「もっと上手に飲もう」、「酒をやめよう」と思うのに、実行できない自分を恥じて、どうしてよいのかわからず苦しんでいる。理解しがたい言動も、依存症という病気の苦しさの中から生まれてきていることを知っておこう。
4 家族全体を巻き込む病気
アルコール依存症は家族を巻き込む病気です。依存症者が苦しんでいるのと同様、家族も深く傷つき、苦しんでいます。依存症者と暮らす家族は、どんな思いをかかえているのでしょうか。
- 怒り=依存症者は、自分のことしか考えていない。おかげで私はその分まで家族の面倒をみなければならない。なぜ私ばかりが、依存症者のせいでこんな目にあわなければならないのか!
- 恥ずかしさ=依存症者のことが会社や近所、親戚に知られたら、いったいどう思われるだろう。いつ見っともないことが起こるかわからないから、家にお客を呼ぶこともできない。
- 孤独=依存症者のせいで私がこんなにつらい思いをしていることを、家族の誰もわかってくれない。親戚に言っても、どうせ私が悪者にされるだろう。悩みを打ち明ける友人もいないし、一人で耐えるしかない。
- 自責感=もしも私がもっとよい妻《よい夫・よい親・よい子》だったら、こんなことにならなかったのではないか。依存症者を立ち直らせることができない私は、妻《夫・親・子ども》として失格なのではないか。
- 絶望=何度約束してもお酒をやめないし、私がいくら言っても問題を自覚する気配がない。酒飲みはどこまでいっても酒飲みだし、自分勝手でだらしないのは変わらない。こんな不幸な生活がずっと続くのだ。
このように家族は疲れ、傷ついています。これは誰が悪いのでもなく、依存症という病気が引き起こしたことです。お互いの本心はどこに?
依存症者の言葉
オレはアル中なんかじゃないぞ!
うるさい、黙れ!
どうせ誰にもわかってくれない
私から酒をとったらもう何も残らない
男が仕事をするのに酒はつきものだ
ほんの一杯飲んだだけ・・・
飲んで死ぬなら本望だ
家族の言葉
なんて意志が弱いの!
そんなに飲むと体をこわすぞ
あれだけ酒をやめると約束したのに
いった何を考えているんだ
家族のことなんかどうでもいいのね!
なんでわたしがこんな目にあうの
世間に知れたらどうしよう
依存症者の心のうち
自分はもしかして、アル中じゃないだろうか?
まさか、あんな連中とは違う!
自分でもなんとか酒をやめなくちゃと思ってはいる。
でもやめれない。
こんなことではいけない、こんなに迷惑をかけて申し訳ない、そう思ってはいるのに。
だから、お願いだから、そう責め立てないでほしい。
あんなことをしてしまうとは私はなんてバカな人間なんだ!
どうしたらいいんだろう!
誰か助けてほしい!
家族の心のうち
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
もう、私はくたびれはててしまった。
なぜ私が、こんな目にあわなければならないのか。
こんな勝手な酒飲みのせいで!
今まで必死でやってきたけれど、もう限界だ!
私にはどうにもできない。
世間体をとりつくろうのにも疲れた。
この人さえ消えてくれたら、どんなに楽になるだろう。
でも・・・。
どうしたらいいんだろう?誰か助けてほしい!
依存症者の家族はどう行動するか?
step
1飲酒の量や機会をコントロールしようとする
過度の飲酒を心配して注意する。
責めたりさとしたりする。
飲む量を制限しようとする。
酒を捨てたり隠す。
お金を与えない。
step
2飲酒の原因をコントロールしようとする
努力が効果をあげないで、なぜこんなに飲みたいのか、飲酒の原因を知ろうとする。
原因をなくそうと努力する。
関係をよくしようとする。
本人を怒らせないよう顔色をうかがう。
step
3飲酒の結果をコントロールしようとする
それもやはり効果をあげないので、日常生活を維持するために飲酒の結果生じた不都合をカバーしようとする。
本人の起こした問題の尻ぬぐいに追われる。
ポイント
こうした行動(=イネイブリング)は、依存症者の家族にとって、ごく自然な反応です。ところが善意や必要性から出た自然な行動が、「飲める環境」を作って病気を進行させてしまう結果になります。
何故なら依存症者にとっては、飲酒によって困った事態が起きても家族が心配して世話してくれ、尻ぬぐいをしてくれるので、自分で責任を負わずに飲み続けることができるからです。
家族が努力すればするほど依存症者の病気は進行するという悪循環がパターン化することで、家族は疲れ果て、傷つき、しばしば不健康な状態に陥るのです。
まとめ 家族を巻き込む病気
アルコール依存症者の家族は、長年にわたって飲酒問題を解決しようとがんばり、尻ぬぐいに追われてきた。努力したのに逆に問題を進行させてしまう結果となり、悪循環に疲れ果てている。
この悪循環は、誰が悪いのかでもなく依存症という病気が引き起こしたことである。そのことに気づくと、新しい対処の方向が見えてくる。
依存症者が「飲むことで頭が一杯」なのと同様に、家族は「依存症者の問題で頭が一杯になります。この状態を「共依存」とよびます。 |
共依存の状態になっている人は、相手を何とかしようとすることに必死で、自分自身に目を向ける余裕がなくなります。
肩こりや頭痛や不眠が続いてもがんばり続けたり、自分が何を感じているのか、本当は何をしたいのかわからなくなります。
そしてふと「私の人生はいったいなんだたのか?」と思うのです。
こうした状態に陥るのはなぜかというと・・・ |
◎ ひとつには、依存症者と暮らしてきた長年の生活によるものです。
⇒ 依存症という病気への正しい知識を身に着けて対処していくことで、自分をとりもどし、つらさを軽減することができます。
◎ もうひとつには、もともと共依存の傾向をもっていたのかもしれません。それは「誰かに必要とされることを必要とする」生き方です。相手の面倒をみることや周囲から評価されることで、初めて自分の存在価値を感じられるのです。この傾向をもつ人は非常に多く、依存症者との生活ではそれが強化されます。
⇒ 家族は依存症者の問題を通して、自分自身の共依存に気づき、人生を見つめなおすためのよいきっかけをつかむことができます。
Q&A
依存症の夫《妻》をかかえた自分は不幸な被害者です・・・。
依存症という病気をめぐって、夫婦の一方が被害者で他方が加害者ということはありません。互いに巻き込まれたり巻き込んだりしながら、現在があるのです。
この人が酒をやめてくれないのは、自分の力がたりないからでは?
家族にできるのは、依存症を進行させるような行動をとらないことと、病気に気づくよう手助けすること。それを受け入れるかどうかは、あくまでその人の問題です。あなたが責任を感じることはありません。あなた自身の人生に責任をもってください。
5 家族自身が回復していくためにはできること
家族は依存症者との生活に疲れ果て、傷ついています。そして自分自身の人生を奪われたり、見失ったりしています。家族自身、回復を必要としているのです。
正しい知識を得る
保健所保健所・病院・クリニックなどの家族向けプログラムに参加する、本を読むなどして依存症についての知識を得る。依存症についてきちんと知ることで、いたづらに巻き込まれることなく冷静に行動できるようになる。
がんばればがんばるほど依存症者の病気を進行させてしまい家族はさらにつらくなるという、悪循環をストップできる。
仲間に出会う
家族向けプログラムや、家族の自助グループに参加することで、同じ立場の家族と出会うことが出来る。仲間からの共感が得られる。仲間の話を聞くことで、今まで見えにくかった自分のパターンに気づく。
自分の気持ちを語る
仲間のもとで自分の気持ちを語る。「あの人は〇〇だ」と依存症者のことを話すのではなく、「私」を主語にして話すことで、自分自身に注意を向け、自分をとりもどすことができる。
自分のために行動する
依存症者のため、他の家族のため、会社のためでなく、自分自身のための時間をとる。公園を散歩する、新しい服を選ぶ、音楽を楽しむ、美容院にいくなど。今までの生活パターンを思い切って変えることで、自分自身に向き合う余裕ができる。
重荷をおろして楽になる
依存症者の問題を「自分の責任」として背負い込むのをやめる。人は誰でも、自分自身の責任をとることしかできない。家族が重荷をおろして楽になることで、依存症者も自分の問題と向き合うことができるようになる。
癒される
長年積み重ねてきたパターンや、長い間の心の傷は、すぐにどうにかなるものではない。かつてのパターンに引きずられないためには、仲間や治療・援助者をはじめ、様々な人との新しい出会いをかさねながら癒されていくこと。つらい場合は、専門家の援助を。援助の場についての情報は、精神保健福祉センター・保健所・病院・クリニックなどで得られる。
Q&A
依存症の配偶者と離婚したいのですが?
妻が依存症の場合にはすぐに離婚となるケースが多いのに、夫が依存症の場合には離婚したくてもなかなかできない・・・それが社会の現状です。ともかく、離婚は自分の選択であり夫婦の間の問題です。これは依存症の問題に限りません。ただし、依存症という病気にからんでいえば、離婚を考える前にやっておいた方がよいことが2つあります。
- 今まで病気だと知らずに巻き込まれてきたのなら、きちんと病気について勉強してそのうえで対応してみる。
- 相手に対して、依存症という病気であることを伝えてから治療をすすめる。
そのうえでもう一度、相手との関係を考えてみることです。なぜなら、病気に対する対応をしないまま離婚すると、相手への人格的な軽蔑や、怒り・憎しみ、どうにもできなかった自責感などを、新しい生活でも引きずってしまうからです。
本当に離婚する気持ちがないのに「酒をやめないなら離婚する」とおどしをかけることは無益です。こうした駆け引きの行動はお互いの信頼関係をさらに壊すことになります。依存症者はあなたの言葉をすべて駆け引きととらえ、自分が飲み続けるための駆け引きをさらに強めます。
子どもに対して今、できること
ここまで夫婦の例を主に使いながら依存症者と家族の心理を見てきました。こうした関係は、依存症の子どもと暮らす親の場合でもほぼ共通です。では夫か妻が依存症の家庭で、小さい子どもがいる場合、子どもに対してどんな働きかけが必要であるのか?
「アルコール依存症は病気」と教える
アルコール依存症者の行動は、子どもを混乱させ、不安にさせる。例えば、親が約束を破ることで「自分は嫌われている」「いらない子どもなのだ」と考えたりする。そうではなく、アルコール依存症という病気のためなのだと教えることで不安や自己評価の低下を避けることができる。
「あなたのせいではない」と教える
子どもは、「親が飲むのは自分が悪い子だから」と考えることが多い。もっとおとなしくしていれば、よい成績をとれば、飲まないでいてくれると思って努力し、それでも親が飲酒をやめないので自分を責める。「親が飲むのはあなたのせいではない」とはっきりさせておくことで、絶望や情緒的混乱を避けることができる。
病気への対応について話す
飲んで問題を起こす親と、その世話に追われる親との間では、子どもは家族としての絆を感じにくい。家族が依存症という病気にどう対応してのか、方針をはっきりさせて子どもにも分かる範囲で話すことで、不安や疎外感を避けることができる。
暴力に巻き込まない
飲んでいる親から暴力を受けたり、夫婦の間で暴力がふるわれているのを目撃することは、子どもにとって耐え難い体験である。暴力がある依存症者の場合、始まりそうだと感じたら、すみやかに安全な場所に避難する体制をつくっておくことで、子どもが傷つくのを避けることができる。
関心をそそぐ
飲酒問題への対応に追われている状態では、子どもに関心をそそぐ余裕がなくなりやすい。たとえ時間が少なくても、真剣に子どもの話に耳を傾けたり、抱きしめるなどのスキンシップをしたり、一緒になにかをするなど、子どものためにいてあげる時をつくることで、愛されている実感や自分が大切にされているという実感を与えることができる。こうした実感は、子どもが育っていくうえで不可欠なものである。
「アダルト・チャイルド」「アダルト・チルドレン」「AC」という言葉を、新聞や雑誌、書籍でよく見かけるようになってきました。
これは「Adult Child(ren) Of Alcoholic(s)=アルコール依存症の親のもとで育ち、すでに成人している人」の略です。最近では、「Adult Children Of Dysfunctional Families=機能不全家族のもとで育ち、すでに成人している人」の意味でつかわれることも増えています。
依存症の家庭には、「いい子」「優しい子」が多いもの。外では成績優秀でしっかりした生徒、家では酔った親の介抱をしたり飲まない方の親の愚痴の聞き役になったりします。おどけて皆を笑わせることで、家庭内の緊迫した雰囲気をゆるめるようとしてきた子どももいます。
夫婦の緊張が続く中で存在が忘れられ、放っておいても安心な目立たない子どももいます。中には、繰り返しトラブルを起こすことで家族の目を本来の問題からそらしてきた子どももいます。
子どもたちが大人になったとき、家庭内で身に着けたパターンから自由になるための言葉が「AC」です。自分がACだと自覚することで、《過去の体験》と《現在の生きにくさ》とのつながりをさぐり、自分自身の人生をスタートできるのです。
最近は、ACが心の病であるかのように誤解されている表現を見かけますが、ACは病気でも障害でもありません。子ども時代に身に着けた行動パターンは、その人の個性となったり能力や特技として発揮される一方で、その人をしばる鎖にもなります。
ACであることを認識し、肯定的に見つめなおすことで、他の行動パターンとのバランスをとりつつ、今までの自分のパターンを個性的な長所として伸ばしていくことができるのです。
Ⅲ 「イネイブリング」とはなにか?
世話焼き?尻ぬぐい?甘やかし?・・・飲むことを可能にしてしまう「イネイブリング」とはなにか。どこからがイレイブリングなのか。
1 「イネイブリング」という言葉の意味
「イネイブリング」や「イネイブラー」という言葉が、アルコール依存症の治療・援助の場でよく使われます。これはイネイブル(enable)という英語からきています。
enable=《誰か》が《何か》するのを可能に(able)する
アルコールの分野でイネイブリング、イネイブラーという場合、《誰か》とはアルコール依存症者のこと、《何か》とは飲酒を続けることです。
■ イネイブリング(enabling)=「アルコール依存症者が飲み続けるのを可能にする(周囲の人の)行為」
■ イネイブラー(enabler)=「アルコール依存症者が飲み続けるのを可能にする(周囲の)人」
ある依存症者に、親切で気前がいい友人がいるとします。
飲み代が足りなければ貸してあげる、あるいは一緒に飲んでおごってあげます。
酔いつぶれると介抱したり、タクシーで家まで送ってあげます。
「どうしてそんなに飲むんだ」と心配し、酒の席で悩みをきいてあげます。
この友人は、イネイブラーです。
お金を与え、一緒に飲み、飲む理由に理解を示し、面倒をみてあげることで、依存症者が飲むことを可能にしているのです。
依存症者はさらに飲み方がひどくなり、仕事をすっぽかしたり、約束を破るなど、自分の行動に責任がもてなくなります。
友人はますます心配し、世話を焼くのですが、効果がありません。
「いい友達だったのに、すっかりダメな人間になってしまった」と悩み、どこで関係を切ろうかと考え始めるのです。
2 行動が裏目にでるのはなぜなのか?
もっともイネイブラーになりやすいのは、依存症者の家族です。
お酒の問題で困っているはずの家族がなぜ、イネイブラーになるのでしょうか。
それは、よかれと思ってやった行動が裏目に出てしまうからです。
本人を心配しての行動や、家族の立場から見ればやむをえないと思える行動が、結果的にはイネイブリングになってしまうのです。
例えば・・・。
お酒を捨てたり、隠す。飲み過ぎないよう、飲酒量を監視する。 など
結果は
依存症の人は強迫的飲酒欲求や離脱症状があるため、家族がこうした手段に出ると、もっと上手にお酒を手に入れようと必死になる。
「いい加減にして!」「まったく情けない!」と責める。 など
結果は
酔っているときの選択的記憶システムにより、責められた印象だけが残り、怒りや傷を貯め込みやすい。それがまた飲む口実になる。
飲み屋のツケを代わって支払う。 など
結果は
金銭的に直接困らずに飲み続けることができる。
どなられて、お酒を買いに行く。 など
結果は
家族を脅せばお酒が手に入ることになり、暴言・暴力はエスカレートする。
二日酔いの朝に、家族が会社に電話して「カゼで休みます」という。酔って迷惑をかけた相手に、家族が代わってあやまりに行ったり弁償する。 など
結果は
他人から面と向かって責任を追及されたり非難されるなどの痛い思いをせずに、飲み続けることができる。
酔って壊したものを家族がかたづけて、翌朝には何事もなかったかのように綺麗になっている。 など
結果は
自分が飲んだために生じた現実を見て痛い思いをすることなく飲み続けることができる。
「今度飲んだら離婚する」「家を出てもらう」というが実行はしない。 など
結果は
お互いの信頼をさらに損ない、相手の態度を伺いながら飲み続けたり、どうせ口だけとタカをくくって飲むようになる。
黙ってじっと耐える。「私はつらい」と気持ちを言う代わりに「あなたはダメな人間だ」と相手を責める。 など
結果は
家族の気持ちに直面することなく、飲み続ける。
イネイブラーとなた家族は、依存症者を支え、家庭生活を支えているつもりが、実は「依存症という病気」を支える結果になっていたのです。
3 家族はどうしてイネイブラーになるのか?
中心的なイネイブラーとなるのは、家族の中でも、最も責任感溢れる人や、家庭生活に責任を負う立場にいる人です、依存症者が結婚している場合はその配偶者、親との関係が強い場合は親、あるいは、しっかり者の子どもや兄弟姉妹・・・。
こうした人がイネイブリングをする背景をもう一度見てみましょう。
イネイブリングの背景
- 飲んで問題を起こされると困る(自分には依存症者の行動を管理する責任がある!)
- 体をこわすのが心配(自分には依存症者の健康を管理する責任がある!)
- もっとまともな生き方をしてほしい(自分には依存症者の人生をよくする責任がある!)
- 家族が平穏に、世間から非難されることなく暮らしたい(自分には家族をあらゆる不幸から守る責任がある!)
- 放っておくには不安(私がいなければこの人はダメになってしまう!)
- 少しはガミガミ言わないと、自分の気持ちがおさまらない(疲れて、不安で、苦しくて、どうしてよいかわからない!)
ここには「共依存」の問題があります。だからといって、家族自身の「生き方や考え方は間違っている」と決めつけるべきではありません。
家族が抱いている感情も、やってきた行動も、ごく当然のことです。その中で精一杯の努力をしてきたことを評価することがまず必要です。
そのあとで家族は、新しい対応の仕方を学びながら自分の共依存に気づき、だんだんと重荷を下ろして楽になることができるのです。
家族以外の人はどんなイネイブリングをするのか?
ポイント
親戚が・・・
・ 集まりなどで酒をすすめる。
・ 親族ぐるみで、トラブルの尻ぬぐいをする。
・ 依存症者が男性の場合、「妻がいたらないから」と見当違いの案をする。
職場の上司が・・・
・ 仕事がやれているうちは、飲酒問題を感じても指摘しない。
・ 見て見ぬ振りができなくなると、配置転換やクビで解決しようとする。
・ 人格的な問題として責める。
内科医が・・・
・ 飲酒問題を見落とす。
・ 体の症状だけ楽にして「飲める体」にもどしてしまう。
・ 飲むべきでないといわず、「ほどほどに」と節酒をすすめることで、飲めるお墨付きを与えてしまう。
・ 「アルコールの問題がある(アルコール依存症の疑いがある)から治療が必要」とはっきり本人に告げない。
職場の同僚や友人が・・・
・ 飲酒による仕事上のミスや人間関係のトラブルの尻ぬぐいをする。
・ 一緒に飲む。おごる。
・ 愚痴に同調して飲む口実を与える。
・ 金を貸す。
医療や福祉の関係者、司法関係者、カウウンセラー、宗教家など、人を援助したり保護・監督する立場にある人が行うイネイブリングのこと。
アルコール問題があることを指摘しない、節酒をすすめる、飲酒の原因を解決しようとする、世話をやくことで責任を肩代わりにする、自分の力で助けようと抱え込む、飲酒をやめられないのは不信仰のためと考えるなど、間違った対処によって飲むことを可能にしてしまう。
家族や知人によるイネイブリングより本人への影響が大きいため、様々な立場で援助にかかわる人がアルコール依存症について認識しておく必要がある。
4 家族はどのように行動を変えたらよいか?
どうすべきかを考えるために、まず「何のためか」をはっきりさせておく必要があり、家族がイネイブリングをやめる目的は2つあります。
1 疲れ切った家族が楽になるため
2 依存症者が回復スルチャンスをつくるため
依存症者の問題を手放して責任を本人に返すことで、家族は楽になり、自分のことを考える余裕ができます。依存症者は自分の問題に直面するンスがつかめます。
やらなくてもよいこと |
本来これは誰がとるべき責任か?
依存症者は病気にかかっても、小さな子どもではありません。自分で自分の責任を果たすべき、立派な大人です。責任やリスクを肩代わりすることはないのです。
これをしないと困るのは誰か?
依存症者には、困ってもらったほうがよいのです。そのことで、事態の深刻さに直面できるからです。依存症者が快適に過ごせるよう家族が努力して、つらい思いをする必要はありません。
本来は依存症者の責任だが、手を出さないと家族が困ってしまう・・・という場合もあります。例えば、失禁の後始末です。放っておくと困ってしまうなら、生活上の便宜を優先してかまわないのです。
家族がわざわざ大変な思いをすることはありません。ただし、依存症者のためには「知らないうちにすべてかたづけてしまう」のではなく、事実に気づかせる工夫(例えば、翌朝、失禁があったことを知らせるなど)が必要です。
世話焼きは、「やってはいけない」のではなく、「やらなくてもいい」のです。依存症者のために「やらざるを得ない」と思っていた家族が、「やらなくてもいい」と気づくことが大切です。
やるべきでないこと |
依存症者は、家族のどんな行動も「飲む口実」にしようとします。だから、飲む口実を与えまいと努力するのは無益です。一挙一動に神経質になって疲れてしまったり、依存症者とのかかわりをいっさい立ちたくなってしまいます。
けれども病気に加担しないために「酒を与えない」ことならできるのです。長年の習慣で酒を用意している、酒を買っておかないと不機嫌になる、外に飲みにいかないよう家で用意する・・・など、家族が酒を与える理由はもっともですが、本心は飲んでほしくないはずです。
その気持ちをすなおに表現すれば、いやいやながら酒を与えるのをやめることができます。
飲んでいる人からお酒をとりあげたり、飲もうとするのを力づくで止めたり、お酒を買いに行くのを阻止しようと立ちはだかる必要はありません。そんなことをすると争いになって、家族が大変な思いをします。
「飲んでほしくない」という気持ちを話すのは有効ですが、酔っている時に言っても効果がありません。
これはイネイブリングか?違うか? |
イネイブリングをやめる、手を放す・・・というと、依存症者にはかかわらない方がよいのだと考える人がいます。その結果、飲んでいる人だけを除外した形で家族の生活が営まれるようになり、依存症者一人が孤立したまま事態が硬化してしまう場合があります。けれど、「手を放す」のは、「突き放す」のとは意味が違います。
Q&A
依存症者にやさしくするのはイネイブリングですか?
愛情があるときにそれを表現するのは、自然なことです。イネイブリングではありません。大量に飲んだ翌朝に、にっこりしたり「おはよう」と声をかけるとイネイブリングになるのではと悩む家族がいますは、自分の気持ちにすなおに自然にふるまえばよいのです。そのほうが自分も楽なはずです。
体がつらそうなときにも、手を出してはいけませんか?
つらさに直面することも必要ですから、つらくならないよう家族が何から何まで手をかけてあげる必要はありません。でも、つらそうにしている人に向かってわざと冷たくすることはないのです。「つらいのだな」と共感する自然な気持ちで、声をかけたり方に手をかけてあげてよいのです。
暖かく治療をすすめるチャンスにすることもできます。血を吐いたり、けいれんしたりして差し迫った危険を感じたときは、もちろんすぐに救急車を呼ぶなどの行動をとってください。
しばらく一人でやめていたのに、また飲酒したので、「なぜ!」と責めました。こんなときもせめてはいけないのですか?イネイブリングですか?
責めたくなるのは当然です。ただし残念ながら有効なやりかたではありません。飲むか飲まないかだけにとらわれていると、依存症という病気が見えなくなります。
この場合、飲んだの本人は「しまった」と思っているはずです。こうした体験を通して一人ではやめられないという事実に気づいていきます。それが回復のプロセスなのです。
ここで責め立てると、まさに苦しいところを突かれて反発し、再び否認の殻にこもってしまうかもしれません。本人の失意を思いやりながら、「病院に行きましょう」「自助グループに行きましょう」と進めるのが最もよい方法です。
治療をしつこくすすめるのは、飲酒にとらわれていること?本人がその気になるまで待つべきですか?
自分の気持ちを隠すことはありません。「治療を受けてほしい」と思うなら、何度でもそう言えばいいのです。「どうしてそんなにダメな人間なのか」と相手を責めるのでがなく、あくまで自分の気持ちを話すのです。ただし、酔っているときに言うのは効果がありません。
まとめ イネイブラーにならないためには
- 自分が楽になる方法を考えよう。
- 相手の責任まで背負い込むのはことはない。
- いやいや酒を与えるのはやめよう。
- 自分の気持ちをすなおに表現しよう。
5 イネイブリングをやめると何が起こるのか?
最初は、つらい変化かもしれません。
◆ 尻ぬぐいをしないことで、世間体を保てなくなるかもしれません。例えば、近所で評判になったり、会社で飲酒問題が表面化するかもしれません。
◆ 周囲から、冷たい家族と言われるかもしれません。ことに夫が依存症の場合、妻がイネイブリングをやめると親戚から責められることがよくあります。
◆ 本人がさらに脅しをかけ、家族をコントロールしようとするかもしれません。一時的に暴言や暴力がひどくなる可能性もあります。(家族がそれに乗らず、無駄であることが分かれば沈静化します。)
◆ 家庭内が一時的に混乱するかもしれません。今までイネイブラーが一人で家庭生活の責任を負ってきたしくみが崩れるからです。
けれど結局は、手放したことで楽になるはずです。そして本人にとっては、問題に直面するチャンスが訪れます。
アサーティブ・トレーニングとは?
長年の間に作られた関係を変えて自分が楽になるには、コミュニケーションの方法を見直すことが役立ちます。
アサーティブ・トレーニングは、率直に自分の気持ちを伝える練習法。グループでのロールプレイを通じて、攻撃的にならず、口をつぐんであきらめるのでもなく、相手の心に届くように伝えるコツを掴んでいきます。
そのコツとは?
step
1自分の気持ちを受け止める。
「こう感じなければいけない」「こう考えるのはおかしい」ということはありません。まず、自分自身の気持ちをすなおに感じ、受け止めます。
step
2気持ちを言葉で表現する。
うれしい、悲しい、楽しい、心配だ、がっかりした、怒っている・・・そのまま言葉にすると楽になります。怒りを感じたとき、「あなたはダメな人間だ」と相手を責める代わりに、「私は怒っている」と言えばいいのです。
step
3どうしたいのか、どうしてほしいのか、率直に伝える。
遠回しにではなく、「こうしたい」「したくない」「こうしてほしい」と具体的にはっきり伝えます。間接的に他人をコントロールしようとするより、率直に伝えた方が自分にも相手も楽です。相手の要求とぶつかったときは、きちんと話し合います。相手に聞いてもらえないときは、要求をくりかえします。
■ 依存症者との関係に疲れた状態では、率直なコミュニケーションができにくくなっています。アサーティブ・トレーニングは、家族や関係者が自分をとりもどすために役立ちます。
6 暴力への対応について
依存症者の中には、酔って暴力をふるう人もいます。
ことに家庭内での暴力が繰り返される場合、被害を受ける家族が心身ともに傷つくのはもちろんのこと、それを目撃する家族(とくに子ども)も傷つきます。そして、暴力をふるう側も傷つくのです。
暴力に支配された関係から抜け出すための方法を身に着けることが大切です。
対応の原則1 自分の身を守る
当然のことですが、暴力を受けないようにすることがまず第一。
長年、暴力的な関係の中に置かれていると、自分の身を守るための行動がとれなくなっていることがあります。身を守るポイントは次のことです。
その場からはなれる
暴力が始まりそうになったら、その場をはなれる。例えば、酔うといつも暴力的な行動が始まる場合、飲み始めたら別の部屋へ行くなど。相手がいるから怒りもエスカレートする。
口論にのらない
相手が感情的にたかぶっているときは、そのペースに巻き込まれないよう、時間をおく。空間をおく。感情的に反応しない。暴力を誘発するような口論にのらない。
逃げる
暴力が始まったら、安全な場に逃げる。子どもがいる場合は必ず子どもを連れて。友人宅やアパートなど、安心できる避難場所を確保しておくとよい。状況によっては、各地にある女性センターなどの母子宿泊施設に避難する方法もある。
対応の原則2 言いなりにならない
暴力をふるわれて、あるいは暴力をふるうと脅されることで、家族が依存症者の要求に応えると、暴力はエスカレートします。例えば、殴られてしぶしぶ酒を買いに行けば、酒を手に入れるために殴るというパターンができてしまうのです。
その場を離れることで、このパターンを止めることができます。場合によっては、断固たる態度をとることで暴力が沈静化します。
断固たる態度をとる
脅されても、酒を与えない。殴られそうになったら逃げる。場合によっては、警察に保護してもらうなどの安全策を講じる。
対応の原則3 相手を尊重する
依存症者の暴力が習慣化する背景には、「酒を手に入れたい」という気持ちのほかに、自分が尊重されていないという不安や怒りがあります。
家族が依存症者のことを「いない方がよい人」「死んでくれた方がいい」と思っていたり、一人では何もできない人として扱ったり、何度も同じように責めることを繰り返したりすると、そのつらさや悔しさから暴力をふるてしまう場合があるのです。
傷ついた家族にとっては、依存症者への否定的な感情が生まれてくるのも自然なこと。相手を尊重するには、まず自分の傷が癒されることが必要です。
病気を理解する
人格的な問題でなく、依存症という病気にかかっていることを理解し、納得する。
自分のことを考える
相手の問題で一杯になっていた頭をきりかえ、自分を守る方法、自分が楽になる方法を探す。
相手を一人前の大人として扱う
身の回りのことをあれこれ指図したり、世話したり、説教を繰り返したりするのをやめる。
女性や子どもへの暴力、ことに家庭内での暴力は長いこと社会的に容認され、表面化しにくかった。欧米では1970年代から、フェミニズム運動の中で女性たちが声を上げるようになり、暴力を受けた女性のためのシェルターづくりや、自立のための援助がはじめられました。
日本では近になって実態調査が行われ始めたところで、援助の受け皿はまだ不十分である。
暴力は、社会的弱者に対する抑圧であると同時に、人間関係のアディクションという面からとらえることもできる。
暴力はふるう側は、力によって相手をコントロールすることに酔う。酔った状態では意志の抑制がきかず、相手が目の前にいるかぎり、暴力はカレートしがちである。暴力を受ける側は、その関係が続く中で自尊心や自分の力への信頼を奪われ、「自分は大切にされるだけの価値がない」と感じるようになったり、暴力から抜け出すことはできないとあきらめたりする。
パートナーや子どものために犠牲となることで、自分の存在価値を見出す場合もある。嫉妬による暴力を、自分への愛情表現と受けとる場合も。こうして自分を守るための行動がとれなくなり、自分を傷つける関係の中にとどまってしまう。
アディクションの人間関係とは、互いにコントロールしたりされたりする関係であり、コントロールの手段のひとつが、暴力として現れる。その関係の中では、信頼によるつながりに代わって、暴力がコミュニケーションの方法となる。
対等で誠実な人間関係のためには、お互いに癒されることが必要である。